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京都地方裁判所 昭和35年(ワ)1026号 判決

原告 株式会社 四宮運輸倉庫

被告 山田晴夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は「被告は原告に対し一五五、四一六円及びこれに対する昭和三五年一〇月二〇日から支払の済むまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因等として、次のとおり述べた。

(一)  原告は、主たる事業として一般小型自動車運送業を営み、付帯事業として東山自動車整備工場の名称で自己及び一般自動車所有者の需要を充たすため自動車修理業を営んでいる会社であるが、昭和三四年六月自動車運転免許証を有する従業員を雇用すベくその斡旋方を職業安定所に依頼したところ、これが斡旋により被告を雇用するに至つた。原告は、被告を雇用するにあたり、被告をして、在勤中同人の怠慢又は過失ある所為によつて原告が損害を被らしめられた場合には、被告及び保証人が弁償の責に任ずべき旨約束せしめた。

(二)  しかるに被告は、原告会社の業務を執行するため原告会社所有の自動車を運転して、

(1)  昭和三五年四月六日午後一時半頃京都市下京区大宮通を南行し五条大宮角を右折せんとして前行車(京す五、四八三号)に追突しこれを破損せしめ、

(2)  同年五月二三日神戸市兵庫区国道二号線(俗称神明国道)の神戸駅西方約五〇〇メートルの地点にさしかかつた際同所を通行中の藤本あき(七四才)をはねて転倒させ、同人をして頭角亀裂の重傷を負わせ、

(3)  同月三一日京都市伏見区宝酒造株式会社工場へ集荷に行き同工場入口で、方向転換のため後進した際、同工場の門扉を破壊した。

(三)  右は、いずれも被告の重過失に基く事故であるところ、(1) の事故により被害者をして八、〇〇〇円の損害を被らしめ、(2) の事故により被害者をして全治までの諸費用として二三五、六一六円を要せしめ、(3) の事故により被害者をして一一、八〇〇円の損害を被らしめた。そうして原告は、各被害者から、右各損害の賠償を求められたので、民法第七一五条第一項によりこれが賠償をなした。

その後原告は(2) に対する賠償金中一〇〇、〇〇〇円につき自動車損害賠償責任保険により填補を受けた。よつて雇用契約上の特約により、しからずとするも民法第七一五条第三項により、八、〇〇〇円、一三五、六一五円、一一、八〇〇円の合計額一五五、四一六円及びこれに対する本件支払命令が被告に送達された日の翌日である昭和三五年一〇月二〇日から支払の済むまで民法所定年五分の割合による損害金の支払をなすべきことを求める。

(四)  被告の抗弁は否認する。

二、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁等として次のとおり述べた。

(一)  原告主張事実(一)のうち、被告が昭和三四年六月(一七日)職安を介して原告会社代表者四宮正雄方にある東山自動車整備工場に自動車整備工として雇用されたことはあるが、原告会社と東山自動車整備工場の関係は知らない。原告会社が一般小型自動車運送業を営む会社であることは認めるが、同会社に運転手として雇用せられたことはない。同(二)、(三)については、被告がある種の事故を起したことは認めるが、その余は、すべて争う。

(二)  仮に原告が被告を雇用したのであるとしても、原告は被告を自動車整備工として雇入れたのにも拘らず、被告を強要して運送業務に従事させ、しかも徹夜運転等体力の限界を越えた過重な労働を強いたため事故が発生したのであり、また右事故による損害は、保険により填補することが可能であるのにもかかわらず原告においてそうしようとはしないのであり、また原告が被告に請求する求償金の額は被告在職中の全給料額を上まわるものであり、また原告が本訴請求をするについては最終給与金退職金の計算、支払をなさずにしたのであるから、原告の本訴請求は権利の濫用である。

(三)  仮にしからずとするも、昭和三五年五月上旬原被告は、仮に被告が事故を起し被害者に損害を与えても、これが賠償責任は被告に負わせない旨約定した。

三、立証〈省略〉

理由

原告が一般小型自動車運送業を営む会社であること及び昭和三四年六月被告(同人が昭和一七年七月二〇日生れであることは、記録上明らかである。)が(独立の企業体たる東山自動車整備工場にか、東山自動車整備工場なる一部門をもつ原告会社にかはさておき)雇用されたことは当事者間に争いがなく、証人尾川勝治の証言により成立を認め得る甲第一号証の一ないし三及び同第二号証の一並びに証人尾川勝治、同沢喜太郎、同山田すゑの各証言及び被告本人尋問の結果の一部並びに本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、

東山自動車整備工場は左京区聖護院蓮華蔵町にあり、大宮通仏光寺に主たる事業所をもつ原告会社の一部門であるが、被告は右整備工場で勤務すべき自動車整備工として原告会社に雇入れられた。なお、被告は、同年五月小型四輪の運転免許を得た。

同年暮頃まで被告は、専ら整備工として勤務していたが、原告会社では自動車運転手が不足であつたので、被告自身もその保護者も被告が運転手として勤務することを嫌がり、しばしばその旨上司に申し出で、被告の直接の上司である東山自動車整備工場の責任者である沢喜太郎もまた、被告が若年で運転未熟であるから運転手として勤務させることは適当でない旨原告会社四宮社長に申し出たのにもかかわらず、原告会社は、同年暮頃から被告を運転業務に従事させたところ、被告は、原告主張の(二)の(1) ないし(3) の各事故を惹起した。(1) の事故は、被告が後方から来た電車に気をとられ、前方で信号待ちをしていた自動車に追突してその後部バンバーを破損せしめたものであり、(2) の事故は、被告において、老婦人が道路を横断するのを差控えてくれるものと思い込んで発車したところ、これと同時に同女が道路を横断し始めたため、左のバツクミラーをその頭にあてて同女を顛倒させたものであり、(3) の事故は、被告が運転助手と十分連絡をとることもなく自動車を後退させたため、地上にあつたローラー様のものに車を衝突させ、これを突き飛ばして門扉を破損せしめたものであつて、いずれも被告の若さと運転未熟のため、必要な注意を払い、適切な措置をとることができず、そのため惹起した事故であることをいずれも肯認することができるのである。証人高野重喜の証言並びに原告会社代表者及び被告本人の各尋問の結果のうち、右とてい触する部分は採用できず、他に前認定を左右すべき証左はない。

原告は被告の在勤中の所為により原告が損害を被つた場合の賠償に関する雇用契約上の特約を主張するけれども、これに副う立証はない。したがつて原告主張の求償権は民法第七一五条第三項の問題として考察すべきである。

ところで前認定の事実からすると、本件各事故の発生は、原告会社代表者が被告を運転手として選任することが適当でないことを知りながら敢えてこれを運転手として勤務せしめたことにも起因するものというべく、被害者に対しては、原告会社と被告は、民法第七〇九条、第七一九条による共同不法行為者の関係にも立ち不真正連帯債務を負うものと解すべきところ、この観点から原被告の内部関係における責任の分担をみるに、前記の事実関係からすれば、被告の故意又は重過失に基く損害の賠償については被告自らこれを負担し、被告の軽過失に基く損害の賠償については原告会社においてこれを負担するものと解するのが正義公平に合するゆえんであつて、民法第七一五条第三項の求債権もこの限度に制限せられるものと解するのが相当である。すなわち、本件においては、被告の故意又は重過失に基く損害の賠償についてのみ、原告は被告に求償し得ることとなる筋合である。ところで、前記事実関係からすれば、本件各事故は、被告の故意又は重過失によつて生じたものとは認められない。してみるとその余の争点について審究するまでもなく原告の請求は失当というのほかならないからこれを棄却することとし、民事訴訟法第八九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 乾達彦)

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